ウォーターポイント

ヒストリー2
衝撃!「逆浸透膜」との出会い。

そんなある日、広島県北部君田村の養護学校で、井戸水を浄化する装置の設置工事を受注しました。その井戸からは、マンガンとフッ素が検出されており、飲めない水質でした。その装置は、広島の商社がアメリカから輸入した水処理装置でした。私は大学も前職も、土木(橋、道路、河川など)の仕事でしたので水質について少しは知っていました。しかし、水に溶解している物質が取れる装置があることは知りませんでした。その装置は見たこともない形をしており、これが私と「逆浸透膜装置」の出会いでした。
後日、水質を見て驚きました。マンガンもフッ素も見事に除去されていたのです。商社の方にこの装置のことを聞くと、「逆浸透膜を通すと、おしっこや海水も飲めるようになりますよ。」と言われ、衝撃が体中に走りました。父をすぐ現場に連れて行き、この装置の調査をしたいと相談しました。父は快諾してくれ、「今までは配管だけやって中身の水を考えてこなかった。これからは中身の水を考えていこう。」との言葉をもらいました。

 早速、当時普及し始めたウィンドウズ95が入ったパソコンで、「逆浸透膜」の検索をしました。100くらいのサイトがヒットしました。その中で数社ピックアップして、逆浸透膜浄水器を購入して勉強を始めました。調査するうちに私は、「逆浸透膜」の虜になっていき、同時に日本にはまだあまり普及していないことも知りました。日本でも大手メーカーが海水淡水化や超純水の用途で逆浸透膜を製造していましたが、非常に高価で当社がやろうとしていた「飲めない水を飲める水にする」ことには、使用できそうにありませんでした。ネットで知り合った数社のうち、個人でアメリカから逆浸透膜製品の輸入をしているコンサルの方と出会いました。

「小早川さん、逆浸透膜の本場はアメリカですよ!一緒に行ってみませんか?」。私は、すぐアメリカに行って逆浸透膜技術を導入する決意をしました。私が30歳の時です。

(ウォーターポイント株式会社 代表取締役社長 小早川克史)

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